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体調の気圧計(バロメーター) [IPF 間質性肺炎]

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間質性肺炎になってからは、ステロイドが利いたと言え、朝犬の散歩をする意欲が、
体調を図るバロメーターになった。

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イラチの奥さんが朝速攻で散歩に出るので、それを押しとどめて出かける時は、相当元気。

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最近では、一週間のうち1日位?

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油断すると朝6時半位に出掛けちゃうから、行きそびれてしまう。

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イラチの奥さんは腰が軽いから本当に助かる。

サンキュー

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投薬管理入院3回目 [IPF 間質性肺炎]

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犬には知らせて無いが、今日は間質性肺炎の治療で入院の日だ。

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基本はステロイド治療なんだけど、ステロイドはその使用法に注意が必要。

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毎月1度、体内の免疫力が暴走しない様に免疫治療薬を点滴で注入する。

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私の場合は、2017年の7月に健康診断で間質性肺炎として引っ掛かったため、
以来2年半、毎月血液検査とレントゲンで経過観察してきた。

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その長き観察のお陰か、今回どうも難病指定が貰えそうという事も聞いている。

では、2泊3日の荷物を持ってそろそろ行こうかな。


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夢の病院・パラダイス [IPF 間質性肺炎]

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私の住む地域は、数年前妊婦が救急車で5時間病院を探した挙句受け入れ先が見つからなかった、
と言う事件があった地域だ。
その事をして、医療崩壊地域。首都圏の医療過疎地域として、マスコミに騒がれた。

ところが、私にしてみれば都内例えば大森に住んでいたとしても、大きな病院は数あれど
実際行くことになれば、バスに乗ったり私鉄に乗り換えたり、また地下鉄に乗ったり行くには大変。
それも、年寄りの病人なら尚更だ。

それを思えば、医療過疎だとはとても思えない病院環境が近場に揃っている。
距離が遠くても、車で1時間も走れば、高度先端医療を受けられる病院が幾つもある。

さらに、見てよこの景色。
窓の外はこの景色。これを眺めながら病院食を食い、病室から見えるのも森の木々だけだ。

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この風景だけで、毎回この病院で良かったなーとしみじみ思うのだ。

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それで、今回は病院食。一食撮り忘れてしまったがこんな感じ。この天丼はベスト。

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最後の朝食は何故かパン。パンが出れば退院の目印。これが定番みたい。

それで、難病指定もほぼ決まりの様で、薬の処方が変わり、オフェブ(100mg)が処方された。
難病指定されるかされないかで、費用が安くなるのもそうだが、治療薬の選択肢が増えて、
治療法にバリエーションが増えるんだ。

今回は、相当収穫アリだな。

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夢のオフェブ [IPF 間質性肺炎]

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恒例の2泊3日のエンドキサンパルス療法を終え帰って来た。

日本の国民皆保険制度と言うのは、世界で日本だけ?本当に奇跡の制度だ。
若い頃は、保険料が高い高いと文句を言っていたが、収入に応じて、さらに病気の種類に応じて、
今回は、難病指定という事でまた色々な補助を受けられる。
私の場合は、夢の薬と言われるオフェブが処方されたしね。

健康保険の問題点を言い始めれば相当問題点もあるのだろうが、今現在機能させているんだから、
日本国民は凄いね。

心配していた難病指定の書類は何とか受理されそうだが、正式に発効されるのには2~3カ月程
掛かるらしい。
それ迄は、病院の支払いは猶予。ヤッター。しかしまとめて後払い。コワー。

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甘ったれ犬は相変わらずだが、多少は慣れて来た様だ。

この頃が、一番顔がシモブクレになっていた頃かな。


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通院・処方について [IPF 間質性肺炎]

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毎日ヒーヒー言いながら、やっと竹ラティスを組上げている間に、イラチの奥さんはササっと
家の前の側溝周りの雑草抜きとドロ掃除をやってしまった。
これで雨が降っても、水溜りがすぐ乾くようになるとの事。

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2020年2月14日初めてステロイドが処方された。プレドニン5mg6錠。だから1日30mg。
私の場合、ステロイドも初めから良く効いて良好だった。
ただ、プレドニンと付き物と言われるベネット錠の方が大変。
毎朝寝起きに、水一杯とベネット錠。30分間は横にならず飲み食い禁止。飲むなと言われると、
ノドが渇くんだよな。その朝の30分間は今でも我慢のしどころだ。

2020年5月1日 この写真の1週間前、定期通院時プレドニンの処方量が減った。
プレドニン5mg5錠。だから1日25mg。
先生もオフェブの効果を見ながらステロイドの減薬に切り替えた様だ。

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ブルーガーデンはジャーマンカモミールが元気で今はホワイトガーデン。
こぼれ種から出たなでしこがチラホラ。

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ブルーなのはキャットミント。驚きはルピナス。

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ニュージーランドでは黄色のルピナスが、まるでススキの様にあちこちで背丈1.5メートル位の株に
なって生えている。
それに憧れてアメリカから種を仕入れて50本ぐらい植えたのかな。
発芽までは順調でも、庭に植え付けても一向に育たない。3年経って2本だけ生き残り、
今年何とか花を付けてくれた。千葉では温度が高すぎて耐えられないんだね。
日陰を選んで植えたんだけど、庭の一番隅っこでシンボルツリーにはなってくれそうもない。
こんな事だったら、黄色のルピナスの方が目だって良かったかな。

でも、悪環境にも係わらず何とか生き残れたのは、イラチの奥さんがせっせと周りの雑草を抜いて、
「雑草を抜いて応援してやるとぐんぐん伸びるんだよ」

今では、私よりも遥かに園芸にのめりこんでいるのだ。

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エンドキサンパルス療法の実際 [IPF 間質性肺炎]

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犬には気付かれていないが、赤いリュックが出て来ると定期入院。エンドキサンパルス療法の日だ。

エンドキサンパルス療法については、別途調べて貰いたい。
免疫に問題があって、それが原因で間質性肺炎になっている私の場合は、ステロイドも効くし、
エンドキサンパルス療法も効いている様だ。

エンドキサンパルス療法は実際どんな風にやるのか。殆ど情報が無いでしょ?

投与する薬剤、容量等は人によって違うのかもしれないので、あくまで私の場合と言う話。





キャンキャン泣く犬を尻目に、一路病院へ。朝10時にはベッドに到着します。

入院初日 一通り体温や血圧その他を測り体調チェック
1. 11:00 点滴の針を入れます。その時に検査用血液シリンジ6本(たまに8本)取ります。
        引き続き生理食塩水1000ml 40ml/h で点滴。この後ずっとひも付き。

2.       ひも付きのままレントゲン、CT。 後はひたすら液が入るのを待ちます。

3. 22:00 夜の10時を過ぎると、これからは尿量チェックの為全てのおしっこを貯めます。
        トイレに尿量バッグがセットされているので、そこにビーカーで貯めていきます。
        チェック終了までに毎回2.5ℓ程度出ます。

        初日はこれだけなのですが、毎回「明日が本番」と言われるとチョッと驚きます。

入院2日目
4.  8:00 この頃には1ℓの点滴が終わっているので、追加で500mlの生理食塩水の点滴。
        今度は速い速度で点滴。250ml/h。

5. 10:00 生理食塩水250ml。ここでエンドキサンを生理食塩水に注入。
        ただ、この時のエンドキサンの量は、入院回数によって違う様なので、
        断片情報では役に立たないでしょう。これがみんなが言う「本番」です。
        点滴は速い速度で入れます。125ml/h。

6. 11:00 生理食塩水250ml。何か薬を入れたような。125ml/h。

7. 12:00 生理食塩水500ml。薬剤の有無不明。250ml/h。

   昼食  この日は1日1.5ℓの水を飲むように言われるので、せっせと飲みます。
       私は前日も1.5ℓ念の為飲んでいます。腎臓に問題が出ると嫌だからね。
       さらに、利尿剤も点滴に入っているので尿も大量に出てきます。

8. 14:00 生理食塩水500ml.薬剤の有無不明。250ml/h。

9. 16:00 この頃には点滴が終わるので、一旦点滴バッグから解放されます。
        尿量チェックの尿袋からも解放されます。

10.22:00 ひも付きから解放され、夕食も食い油断して完全に寝入った頃、
        何やらシリンジで点滴口から薬液を入れます。

入院3日目
11. 9:00 夜に入れた薬剤と同じモノを入れようやく点滴作業終了。
        でもまだ針は抜いてくれません。

12.11:00~12:00 先生のチェックも終わり、退院許可が出ました。
        階下に降りて支払い手続き。
        入院窓口に支払い済み証を出して、こいつは逃げないと分かった所で、
        点滴の針を抜いて貰い、手首に巻いた個人データを取り外して貰い、
        「それでは皆様さようなら。来月も宜しくね」と病院を後にします。




エンドキサンパルス療法はこんな感じで行われています。     如何

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間質性肺炎の芽 [IPF 間質性肺炎]

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病気の治療をしていると、良くなれば昔の事を忘れてしまう。
最近の治療履歴も時期があやふやになるので、今からある程度の個人カルテを残しておこう。

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2013年 56才 会社の健康診断で再検査と言われ、再検査の結果 
          間質性肺炎 半年以内にCT採血肺活量検査が必要 

          当時「まーまだ大丈夫でしょう」と言う医者の言葉のみを憶えていて
          「大丈夫だってよ」と奥さんに伝えていたんだな。

          しかし、今見れば「いつ急変するかもしれない病気です」と暗に示している
          事が分かる。そのうちその診断書もアップしよう。

          でも、当時そんな事を言われたらとてもその後働けなかったな。





2016年9月   半年以上続いた腹痛が胆管結石と判明。黄疸も出る状態で緊急手術
          イラチの奥さんに言われて思い出したんだけど、手術入院時
          麻酔専門医に肺の影を指摘され
          「手術出来ない病気だと困るので念のため検査しましょう」と言われ血液検査。
          不思議な事にKL-6の値が低いので
          「まあ大丈夫でしょう」という事になり、予定通り手術できた事を
          すっかり忘れてた。


2017年 60才 県の健康診断で「間質性肺炎にて精密検査必要」とモロに指摘。
          行った病院で今の主治医に合ったんだけどその説明は
          「肺の病気でね、突然悪くなっちゃう事もあるんだよ」
          「だから、様子を見ながら行くしかないんだよね。6週間毎に病院来れる?」

          「来れる来れる、必ず来ます」という事で、それから切らさず病院通い。
          それが7月。幸い急変は無かった。



2018年2月   主治医の転院に従い、転院。
          この紹介状が面白い。送り先も主治医名、問合せ医も同じ名前。
          まあ転籍先の自分に宛てた自分で書いた紹介状という事なんだね。

2018年8月末  元々花粉症の私。アレルゲンに狙いを絞り花粉症対策をしようと言い出した。
          私は二度程アレルギー薬を試したが、びっくりする位どよ~んとウツに
          なったので、嫌だいやだと言ったんだけど、
          「今度の薬は新しい薬だから大丈夫だよ。嫌なら途中で止めるから」
          と説得され、シダトレンを始めた。






2019年10月  シダトレンを頑張って切らさず1年続けたが、血液検査に数値として現れず、
          それどころか好酸球の数値が上がったので、2019年10月頃に止めた。

          シダトレンで好酸球の数値が上がるという論文は、院内の耳鼻科の先生が
          そう言えばどこかで見た事があると文献を探しに探し出してくれた情報。
          おー皆さん優秀なお医者さんだ。有難や。

          先生は癌マーカーが気になる様で、体のドコかに癌があれば
          それのマーカーが出てしまう。
          先ず耳鼻科で内視鏡チェックをして貰ったがナンにも無し。

          そこでようやく肺の内視鏡検査。
          気管支内部を少し水で洗い組織をチェックするそうな。


2019年10月16日入院 翌17日検査 18日退院

          正確には気管支肺胞洗浄法検査
          検査の様子はリンク先の記事を読んでね。

          実はこの検査の後呼吸が苦しくなった。肺の中に水を入れたんだから
          その水が吸収される迄は苦しいのかなと放っておいたんだな。
          しかし、その後あまり症状は良くならなかった。

          家へ帰ってから気付いたのが右足の親指の爪が紫色に。
          ネットで調べると酸欠になると変色する。正しく私の症状にピッタリ。
          この爪の色は、2020年の7月に漸く元に戻った。


2019年10月25日  気管支肺胞洗浄法検査の精密な結果は喘息で好酸球もバッチリ。
          先生は次なる一手に移行。

          それはデュピクセント皮下注射300mgシリンジ 2ml

          注射から1週間微熱が続いたが、物心付いた頃からずっと詰まっていた鼻が
          通りが良くなり、見た目でも鼻の脇のむくみが引いた。 

          鼻腔の中でデュピクセントと何かが戦って、見る見るうちに眉間の上の方から
          しぼんでスッキリする感じが徐々に下に移っていくんだ。

          1週間後にはもう鼻はツーツーだ。しかし、また先生の思惑は外れ
          思った様に好酸球が下がらない。そしたらまた次の手。


2019年11月22日 デュピクセントを止めてファセンラに変更

          こちらは好酸球にバッチリ効果が出た。さらに先生は次の手へ。


2020年2月4日 大腸内視鏡検査 (日帰り検査)

          好酸球の問題は片付いたが、癌マーカーは片付いていない。
          先生はどこかに癌があるかもと今度は大腸に狙いを。

          結果、小さなポリープはあったけど心配なし。
          近所に名医が居るのでそのうち取りましょうという話に。


2020年2月7日? この頃、日常生活の中で異変が起きた。
          風呂上り体を拭いてヘアードライヤーを掛けようと思ったら苦しくて出来ない。
          イラチの奥さんに声を掛け、椅子を持ってきて貰った。
          椅子に座りながら、なんとか頭を乾かし服を着る事が出来た。

          普段から、ほぼ寝たきりで体を使わないから、息切れを殆ど実感しない。
          それが、シャワーすら満足に出来ないとはかなり大ごと。


2020年2月14日 定期通院日
          風呂上りの一件を主治医に報告。2017年7月以来
          「この病気は様子見ていくしか無いんだよね。だからまた来て」と言っていた
          先生の顔色が変わり、即ステロイドが処方された。

          「3日入院してお薬点滴で入れる治療があるんだけど出来る?」
          「毎月1回入院して、1年か1年半続けるんだけど出来る?」
          「出来ますできます、すぐ出来ます!」

          「じゃあ入院手続きしようか。大丈夫?」
          「大丈夫だいじょうぶ、全然大丈夫です!」

          「風邪引いただけで死んじゃうから気を付けてね。大丈夫?」
          「ハーイ」

          こうして2月19日~2月21日の入院が急に決まり、
          ステロイドによる治療とエンドキサンパルス療法が始まった。

          今思い返せば、10月18日以降の息苦しさと足の爪の変色が
          急変序章と言うか、急変の一部であったような気がする。

          そして、2月7日のバスタオルで体を拭いただけで、椅子にへたり込む。
          この事を「急変」という事なんだと良く分かった。

          さらに、次の診察日まで僅か1週間という事も幸運だった。
          もし3週間後で、それまで待っていたら事態は変わっていたかもしれない。



こうして、間質性肺炎の経過観察が終わり、急遽治療に入った。

ステロイドとエンドキサンパルス療法による治療とさらなる進化した治療の経緯は後日纏めます。
取り敢えず今日はここまで。

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間質性肺炎の芽・補足 [IPF 間質性肺炎]

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イラチの奥さんは間質性肺炎について村のブログ他で色々情報を持ってきてくれる。

そこで、私の病気についての補足情報。


私は若い頃は水泳が得意、競泳では無く素潜りが非常に得意だった。
水中で息を止めてもパニックにもならず、海の中でリラックス出来るのが最高の楽しみ。
オカに上がれば、サックスを演奏しそのスタイルは力任せ。音量だけは負けない。
肺活量も身体に似合わず5.5ℓあった。
一方、鼻は常に詰まり良くて片方が通るだけ。いつも息苦しく、体育なんて最悪だ。

間質性肺炎になった人の話を聞くと、不思議と似たような人が。

私の場合は、低酸素に親和性が高いと言うか、楽器や潜りなど低酸素を苦にしないと言うか、
低酸素状態を得意としていた節がある。

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2017年7月から6週間毎に定期診察を受け続けていたが、行く度に
「大丈夫?苦しくない?」と聞かれても、苦しくないと答える。

その私が、2019年10月25日にデュピクセントの注射を受けて、1週間の微熱の後、
鼻の通りが良くなって、物心付いてから初めて鼻で息をする実感を得ると、
あら不思議。
こんなに鼻が通っているのに、息が肩から胸の上辺りにしか入っていかない感じ。
空気が肺に入っても、肺の上の方でしか酸素を吸収出来ない感じの胸苦しさを感じた。

それまでは常に鼻が通らず、鼻づまりの息苦しさしか感じなかったが、その鼻が通ってしまうと、
今までの息苦しさは肺が原因だったのかと、ようやく気付く事が出来たんだ。アホだね。

先生もデュピクセントをチョイスして、私の使用感を聞いたら、
「あー そっちに来ちゃったか」とチョット当てが外れた様だったな。それで直ぐに変更。

2019年11月22日にはファセンラに変更。こちらは予想通り好酸球狙い撃ち。
デュピクセントの様に鼻の穴周りの腫れが完璧に引いて、穴全開という感じは無くなったが、
それでも昔の様に鼻が詰まるという事も無く、元々の状態から見れば雲泥の差。
ファセンラの注射が終了しても、鼻呼吸が楽に出来る状態は維持されている。

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そう考えると、鼻詰まりの息苦しさが日常であった為に、肺の病変で息苦しくなっていたのに
低酸素状態に親和性も高く、全く気付かず見過ごして来たのかもしれない。
そう言えば階段の昇り降りを繰り返すと、ハーハーすぐバテて「もう年だ」とか「体力無い」と
ぼやいていたが、もうあの頃は完全な間質性肺炎だったんだな。

喘息もそう。花粉症が一般的じゃ無い頃から花粉症。鼻は詰まるし鼻汁は垂れ流しだし大変だった。
時に咳が出る事があり、健康診断では「気管支炎」と何度か言われた。
咳が出ると、気管がもやもやする。そのもやもやを咳で吐き出そうとすればする程苦しくなる。
だから、咳が出ると全身の力を抜きなるべく咳をしない様に、時にノドは開いたまま胸を動かさず
気管に圧力を掛けない様に、刺激を与えない様にする事で咳を止められる。

この咳止めテクニックで、一般的な喘息の症状は抑えて来たが、先生には喘息と診断された。
咳が出るだけが喘息じゃないんだね。


まあ兎に角こんなバックボーンがありながらも何とか急変から一転、回復へ向けての治療が始まった。



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